やなみの雑記。

感じたこととか

インディゴブルーの果てにあったもの

‪先月スピッツの30周年ライブに行ったのだけど、未だに醒めない。‬

一曲目から涙が止まらず、途中からは嗚咽も交じり、挙句夜を駆けるのイントロでへろへろと座り込むという完全に頭おかしい人だったけれど、隣にいた友人も似たような状態だったし、まぁ致し方ないのだろう。

私は青春時代をスピッツと共に過ごしすぎた。毎日の通学中、休み時間、ベッドの上。イヤホンを耳にしてプレイボタンを押す、その度に意識は空を飛んだ。

煙の中で溶け合う。
細い糸で繋がる。
シロツメクサになって、シチリアの浜辺の絵葉書を探して、ほんとはちょっと触りたくて、水色のあの街へ行きたくて。

今ならわかる。YじゃなくてPだった。

とか。とか。


あの頃、色々なことが起こり、情緒を揺さぶられ、感じすぎていた毎日。その少しの隙間隙間に挟み込んだたくさんの音楽は、時を超えた今、聴くだけで当時の想いや風景や色を展開する魔物に成り果てた。

時を重ねれば重ねるほど、タイムスリップの行き先は増えていく。
恐ろしくも愛おしい我が人生。


お題「もう一度行きたい場所」

パンとエスプレッソと死と野望(日記)

✴︎パン

朝、少しテンションが上がって、たまごサンドを作った。
半熟のゆで卵を崩して、少量のマヨネーズとたっぷりの粗挽きコショウで和え、食パンに挟んだら重石をし、少し冷蔵庫で寝かしてからカットしていく。
意外と手の掛かる子ね、と思いながら頬張った。スープがとても合う。

「それからはスープのことばかり考えて暮らした」という吉田篤弘の小説を思い出した。
彼のような、穏やかな青年に憧れる。

✴︎エスプレッソ

昼過ぎ、サラダをコンセプトにしたカフェで昔の友人に会う。
2年ほど同じコミュニティに属していたにも関わらず、私は彼女のことを殆ど知らなかった。当時の私、一体何をしてたんだろう。
色々やっていたつもりでいて、実は何もしていなかったのかもしれない。

彼女との時間は、食器や食材や異国の料理の話で埋め尽くされた。
「食」を大切にし「食」に関わる学科同士だったので無理もない。
「食」は生活の一部で、そしてコミュニケーションにも成り得るのだ。素晴らしいな。

彼女からいただいたウイーン土産の中に、サラダの雑誌があった。
私がサラダ好きなのを知ってくれていたという。
人が求めるものをあげられる人になりたいものだ、としみじみ思った。

店を出た後は、2人してお箸や陶磁器のギャラリーショップへ吸い込まれた。
食事に馴染み、そしてひとの肌にも馴染むようにデザインされている “塗り” や “焼き” には、本当に惹かれる。
こんな素敵な食器で毎日のごはんが食べられたら、きっと幸せだろうな。 料理も頑張っちゃうな。

✴︎死

夕方、カプチーノのお店へ。
よしもとばななのエッセイを読もうと思っていたけれど、隣のおじさん(おじいさん?)同士の会話が気になって、「野望」という言葉くらいしか頭に入ってこなかった。
「誰々が死んだ」「昔はみんな◯◯だった」…彼らの話にはなかなか “今” が出てこない。私も歳を取ったらこうなるのだろうか。
そもそも、私は死ぬまでになにがしたいだろう。私の「野望」は?
いつ死ぬかもわからないのに、少しばかりふんわりと生きすぎなのでは、と少し落ち込む。
私が本当にしたいことはなんだろう。どう生きたいのだろう。

そんなことを思っていたら、彼らは “今” の話をしはじめた。
どうやら聞く限り、彼らは楽しくやっているようだ。少し安心する。
「PCで同人誌が作れる今は本当にいい時代だ」そんな話が出た頃、私は親知らずとサヨナラする為に席を立った。

✴︎野望

抜歯後、120年続く老舗本屋に立ち寄った。
そこは建築物として非常に美しく、またそこには様々なジャンルの本が大量に、そしてあるべき場所にしっとりと存在していた。

凄いと思ったのは、心が求める本の所にいつの間にか辿り着いてしまう、そんな不思議な空間だったことだ。
この世にこんな世界があるのか、と少しじーんときてしまった。こんな素敵な場所に、いつだって行くことができるだなんて。

私は世界の広さ、そして世界そのものの多さを実感し、安心した。
これならきっと、どんなことがあっても大丈夫。どこにだって行ける。そんな気がしたのだ。
私は、たくさんある世界と世界の間を、その広い世界の中を、ふわふわと漂っていたいだけ。

松浦だるまの「累」のような力強い野望があれば色んな私が実現するんじゃないか、とも思うけれど、今の私には切実な野望は必要じゃないのかもしれない。

ただ静かに、平穏に暮らしていたい。




それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

パイナップルヘッド (幻冬舎文庫)

パイナップルヘッド (幻冬舎文庫)

お題「朝ごはん」

特別な金曜日。

‪退勤後、週末特有の軽い足取りで夕飯の買出し。‬
友達と電話しながら、今日の夕飯と作り置きのおかずを作る。
空腹に耐えられなくなったあたりでごはんが炊けて、夕食。
食器を洗って、シンクの掃除。
作り置きの残りを完成させたら、夜のプチお出かけ。BOOK CAFEでカフェラテをお供に読書。
気分も上がって、帰宅後はクローゼットの整理。
揃ったシャツを眺めて、満足げに息をつく。
お風呂を沸かしている間に、水回りの掃除。
お気に入りの入浴剤を入れた浴槽で、週末やりたいことを反芻する。
温まった体に、クリームを塗りこむ。

あとは寝るだけなのだけれど。
でも少し、あともう少しだけ、夜更ししたい気分。

そんな私の、特別な金曜日。

私の赤い子

最近、頭の中で金魚を飼っている。

その金魚は、ただただ美しい、観賞用の金魚。
びいどろの中、フナとは程遠い体つきで、儚いひれを揺蕩わせている。

彼女はいつも自慢する。
「あたし、お空を飛べるのよ」

私はいつもこう答える。
「そう。私は綺麗な着物を着れるけど」

「そう、あたしとおんなじね」彼女はふふ、と笑って、くるりと廻る。

私は跳ねた一粒の水滴を拭う。

「好き」とかいう気持ちのいい台詞

“好き”を前面に押し出したいけれど、“好き”は滲み出るものだと思うし、多分そっちの方がドキドキするから、ちょっと抑えていた方が気持ちいいかもしれない。

少しの我慢、小さい幸福。
あぁ、でも大好き。大好きなの。

丁寧な暮らし。

丁寧な暮らしがしたい。
そう思い立って、とりあえず冷蔵庫の整理と掃除を始めた。

なんとなく綺麗にしているつもりでも、中身を全て取り出すと、意外と気になる箇所が多いことに気づく。
付属の部品を丸洗いしたり、残り物や半端なものは、忘れないように手前に置いたり(近いうちに全て料理してしまおう)。

日々の口にするものを保存する場所だからこそ、常に綺麗に保っていないとな。と再確認。いや再認識?



掃除しながら、丁寧な暮らしとはなんぞや、と考えていた。
答えはすぐにでなかったが、でも家の中のことや自分のことを、ひとつひとつ丁寧に ーー例えば、磨いたり、作ったり、扱ったりーー すれば、さぞ気持ちよかろう。そう思ったのだ。

また、私の性格は “基本雑だが、乱れに敏感且つストレスを覚える” という面倒極まりないものである。
ストレスを感じないためには丁寧に暮らすのが一番だろう。


日々の暮らしをおろそかにすると、小さなほころびが溜まって、汚れや穢さに繋がる。
それよりも、少しでも丁寧に暮らして、気持ちよく毎日を迎え、そして毎日を終えられたらいいなぁ。

お菓子作りの行程の多さは異常

カスタードクリームを自作した。

お菓子作りは料理と比べ、正確な計量を求められる上に工程も多い。つまり面倒。
しかもレシピ通りにやらないと上手くいかないことが多く、フィーリングが通用しない。ワガママかよ。

…でも、それぞれの工程の意味を調べたら面白かったので、メモとして残しておく。


①粉類は全てふるう
→ダマ防止
※液体(牛乳や卵)と粉類を混ぜるとき、ふるいを使用しないとダマになりやすい。


②卵に砂糖を入れた後は「手早く」、白くなるまで「しっかり」混ぜる
→「手早く」:ダマ防止
※砂糖が卵黄の水分を吸い、ダマになる。
→「しっかり」:卵黄に火が入り過ぎないようにするため
※砂糖は卵黄の熱凝固性を減少させる働きがある。また、砂糖濃度が30%を超えるとゲル状になるとか。


③火にかけるときはタネを混ぜ続ける
→焦げ防止
※火のあたりが強く混ぜが足りないと部分的に焦げやすく、風味も食感も損なわれる


④粘りが出た後もなめらかになるまで加熱を続ける。
→沸騰してから2~3分加熱すると、透明感が出てくる。

※1度糊化してからさらに滑らかにするために加熱を継続すると、糊化したでんぷんの粒子が壊れる「ブレークダウン現象」が起きる。
これはでんぷん特有の現象で、滑らかさを出すには必須とのこと。


とりあえずはここまで。
結構科学的な要素が多く面白かったので、また色々と調べたい。


 参考文献
www.alic.go.jp 
plus-tamago.net